暗黒物質=Dark Matter=DMは実はBlack Hole=BHではないかという論文を見た。Scientific American 7月号だ。天文物理学の主流が信じている標準モデルによれば、エネルギーも質量に換算すると、宇宙の全質量の4.9%が陽子・中性子・電子などから成る通常の物質Baryon、26.8%がDM、68.3%がDark Energyだとされる。DMは電磁波に反応しないので、光を含む電磁波で観測は出来ない(見えない)が、重力(と量子理論の「弱い力」)には反応する。DMを計算に入れないと、万有引力が不足して星の動きが説明できなくなるし、遠方の星の光が近くの星とDMの引力で曲げられる質量レンズ効果も不充分ということになる。天文物理学界がDMの存在を信じ、その正体を議論し始めたのは1980年代だ。道理で学校では習わなかった。
天文物理学者にも駄洒落が上手い人が居るらしい。DMの正体に関してMacho(強い男)説とWimp(弱虫)説がある。最初は Macho=MAssive Compact Halo Object=質量があり(又は質量が大きく)ギッシリ詰まった暈の中の物体 が有力とされたが、近年ではWimp = Weakly Interacting Massive Particle=相互作用が弱い(又は弱い力に感応する)質量がある粒子 が本命と見なされている。Machoは、BHに加えて惑星や発光しない星なども加えて、銀河を包む暈Haloや銀河の中心近くに存在するとされた。しかしそれらしき物体が発見されなかったので、10年前には否定されるに至った。それでWimp説が浮上した。未発見またはNeutrinoのような既発見の素粒子ではないかということで、世界中で探索が続いているが、まだ確証は得られていない。そこでもう一度Macho説が見直されているという。
宇宙の最初の瞬間にInflationと呼ばれる急膨張があったというのが定説になっている。10^(-35)秒間に、原子的近距離にあったものが4光年に離れてしまうほどの急拡大だ(光速以上でも許される)。当初の量子理論的ゆらぎが、膨張後も残り、物質密度が僅かに高い領域と僅かに低い領域が確率論的に分布し、高密度の部分は周辺の物質を引き込んで益々高密度となって銀河が出来たという定説である。そのInflationをSimulationする様々な理論の中で、上記論文の筆者達は特に高密度の領域が生じる理論を信奉していて、Inflationが終わった瞬間にその高密度領域に大小様々なBHが生じたという理論を近年発表したという。小は太陽の1/100の質量のBHから、大は太陽の1万倍までのBHが出来たはずだという。BHは周辺の物質を取り込んで成長し、またBH同志も統合して大きくなり、現在では数百光年間隔で大小のBHが存在するBH群(Cluster)になったと想定している。それがDMの正体に違いないと、筆者は論じている。Wimp説しか知らなかった私にはBHを主体とするMacho説は新鮮だった。
上記のBHなどのMachoが見えなかった理由を筆者は次のように言う。Wimpが雲のように広がるはずなのに対し、BH群の場合は真空の中にBHが所々に存在するはずだから、その間をすり抜ける光のほとんどはBHの影響を受けない。だから、質量で光が曲がることでDMを探していた観測網には引っ掛からなかったはずだという。
筆者らがこの理論に自信を持ったのには理由がある。2015年に米国の重力波検出装置LIGOが、2つのBHが相互に回転しつつ合体した時の重力場の変化=重力波を検出したという発表が世界を駆け巡った。波形から見て、そういう現象に違いないという。おかげで東大が岐阜県の山中に1辺3kmのL字トンネルを掘って重力波検出装置を建設中(LIGOは地表型)だが、その完成が間に合わなかった。当初はBHが合体するという稀な現象をよく捉えたものだと世界は感心していたが、その後今に至る2年間に既に3件目の発見が公式に発表され、非公式には6件検出されているという。BHの合体がこれほど頻繁に起こるからには、筆者達の提案する高密度領域→BHが生じるInflationモデルでないと無理というのが今回の論文の主張だ。
東大を含めて世界各地で建設中の重力波検出装置が揃い、更に多くの重力波が精密に検出できるようになり、時間的・空間的な頻度・分布が把握できれば、筆者の理論の成否が判ると、当然筆者は意を強くしている。一方CERNの加速器LHC等はWimp候補の新素粒子の発見に注力している。以上